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翌日の4時頃に出かけると、棺はすでに塔の台座に上がっていました。午後3時頃に上げたそうです。周りでは、おそらく葬儀社の人たちでしょう、揃いの黒いTシャツを着た若い衆が10人ほども、忙しく立ち働いていました。
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しばらくしてフト気が付くと、台座の上に乗せてあった棺が、台座の中に収納されていて、そこに葬儀社の人たちが、おがくずのようなものを詰め込んだり、固形の油のようなものを塗りたくったりしていました。塔からは放射状に電飾のラインが放たれ、花火らしきものも設置されました。
しかし、ほんの数メートル離れた位置に、寺の建物などがいくつかあるし、それほど広い敷地に設置された塔ではありません。高さはいったい何メートルあるのでしょう?寺の屋根よりはずっと高く、天を突く威容です。これに火を点けたら凄まじい火炎となるだろうし、延焼してしまう危険はないのだろうか?それに、今の時期、突然のスコールに見舞われたらいったいどうなるんだろう?などなど、不安や疑問が次々と溢れ出てきますが、聞ける人も周りにいません。
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午後6時半の空はあかね色に染まりました。今夜は雨は降らないでしょう。滞りなく荼毘は終了しそうです。
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やがて僧侶の読経が始まりました。これは私の予想に反して、遺影と花輪が飾られた塔の正面ではなく、その真裏の位置で行われました。周りを見回してみると、まったくの部外者というのは、どうやら私ひとりのようです。それでも息子さんの許可ももらっていることだしと、近づいて写真を撮っていると、突然、「離れてっ!」といった感じで誰かに肩を押されました。突然のことだったので、アタフタしていると、読経を終えた僧が、すぐ横の柱に設営してあった導火線に火を放ったのです。
その導火線から一気に火花が走り出て、瞬く間に何カ所かで点火され、それは凄まじいまでの破裂音となって、夜空に次から次へと満艦飾の花火がさく裂したのです。
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しかし、そこで怯まないのが私の強みです。今にも降りかかりそうな火の粉をものともせず、カメラの動画ボタンを押しました。その時同時に、ズボッ!というような音とともに、棺が入った台座が点火されたのです。そして、それは炎が立ち上るのではなく、塔のてっぺんまで設営された煙突から、緑色の太い煙となって夜空に立ち昇ってゆくものだったのです。
この時になってようやく理解できたのですが、この地での荼毘というのは、積み上げた薪の上で赤々と炎をあげて燃え盛るものではなく、時間をかけて、いわば蒸し焼きの状態にして、故人をあの世に送り届ける儀式だったのです。
周辺にはふくいくとした香の匂いがたちこめ、読経も音響もなく無音の状態で、少しづつ少しづつ密やかな煙となって、87年の生涯を終えたひとりの女性は、天空に還っていきました。この光景は私にはとても感動的で、親族すら近くにいなくなった境内の片隅で、1時間ほどもぼんやり眺めていました。こんなふうに送ってもらうのもいいかなぁと思いながら。