コンポンプルック村の帰りに、地雷博物館を訪れました。実は今年8月、ここで不発弾が爆発し、政府から閉鎖命令が出て、管理者のアキラーさんも一時拘束されてしまったのです。再開は不透明だったのですが、ガイドのブッダさんから直接アキラーさんに連絡をしてもらって、彼に会うことができました。

この地雷博物館は、アキラーさんがボランティアとカンパを元に、個人で開設している博物館です。

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アキラーさんが個人で撤去した地雷と不発弾。爆発したのはここではなく、倉庫の方。けが人は出なかったそうです。

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アキラーさんはたぶん45歳。正確にはわからないそうです。クメール・ルージュ政権下、両親と引き離されて未来の兵士として多くの子どもたちと一緒に育てられましたが、5歳の時に両親はクメール・ルージュに殺されました。

その後もクメール・ルージュに育てられ、少年兵として銃も持ち、地雷の埋設法も学び、戦闘にも参加してゆきます。

その後、侵攻してきたベトナム軍に捕まり、今度はベトナム兵としてクメール・ルージュと戦うことになります。13歳の時だったそうです。

パリ和平協定、総選挙と、カンボジアに平和を取り戻すための様々な活動が、海外からの支援を受けつつ展開されますが、そこでアキラーさんは、この国を平和にするために、自分の一生を地雷撤去に捧げようと決意するのです。

「なぜそんなことをやろうと決めたのですか?」という、生徒たちの素朴な質問に、彼はたどたどしいながらも日本語で「私は何もわからなかったとはいえ、人をたくさん殺し、地雷も埋めてきました。悪いことをたくさんしました。だから、カンボジアの平和のために自分にできることをしたいのです。」という明快な答えが返ってきました。

現在カンボジアにはまだ400万個の地雷が残っているそうです。政府とフランス、カナダ等のNPO、4000人の人たちが撤去作業に取り組んでいますが、アキラーさんは、40人のグループと共に政府とは別動隊で、まったくのボランティアで活動しています。

また、博物館横には地雷の被害などで障がい者や孤児になった子どもたちが一緒に暮らす施設もあり、現在も30人ほどの生活支援をすべて賄っているようです。アキラーさんは普段は外に出ているので、博物館を管理する人も何人かいて、彼らの生活もあります。もちろん地雷処理にかかるお金も高額です。それらの諸費用は海外からのカンパが主たる財源で、カナダ、米国からの支援が多く、日本からの支援もあるそうです。

2025年には処理が終了する予定ですが、その後はどうするつもりですか?という私の問いに、「裏の畑で農業をしながら博物館を管理していきます。カンボジアの平和のために。」と、壮絶な過去の歴史など、およそ想像だにできない無欲の笑顔で答えてくれました。彼の責任のとり方のあまりの鮮やかさに、私はもう次の言葉がありませんでした。

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