私が以前、とんでもない間違いをしていたプノン・クーレン聖山に行ってきました。セイハーと、道をよく知っている彼の友人と3人です。

https://blog.hatena.ne.jp/natsume2018/natsume2018.hatenablog.com/edit?entry=10257846132667016141

f:id:natsume2018:20181231193144j:plain

街中からアンコール・ワットを左手にして東北方向に1時間半ほどで登山道の入り口に着きます。そこから未舗装の道を20分ほど登ってゆくと、観光地によくある土産物街に出て、その入り口で車を駐車させます。日曜日だったせいなのでしょう、けっこうな賑わいでしたが、観光バスは停まっていませんでした。見かける人たちもほぼカンボジアの人たちで、どうやらここにあるお寺にお参りに来ているようです。

f:id:natsume2018:20181231193317j:plain

f:id:natsume2018:20181231193347j:plain

途中の川床にはヒンドゥー教のリンガなどの彫刻が見られます。この水はこの山一帯を水源として、トンレサップ湖まで流れ着きます。

f:id:natsume2018:20181231193557j:plain

これは聖なる泉で、地下からボコボコと水が溢れ出てきていました。それを瓶に詰めて持ち帰る人の姿も見られました。

f:id:natsume2018:20181231193743j:plain

ちょっとびっくりしたのですが、セイハーは敬虔な仏教徒だったらしく、水を汲んで、傍らの仏様に一心に祈っていました。ご両親の健康状態があまりよくないので、快癒をお願いしていたのだと思います。

f:id:natsume2018:20181231194107j:plain

これが、カンボジアの正統な祈りのスタイル、美しい形だと思います。

f:id:natsume2018:20181231194309j:plain

頂上にあるお寺の山門。

f:id:natsume2018:20181231194420j:plain

お供えの蓮の花。外側の花びらが折り込んであって、私は最初は造花かしらと思ったのですが、生花でした。まだ蕾の花びらを無理やり開いて折ってゆくようです。一束で60円ほど。

f:id:natsume2018:20181231194620j:plain

f:id:natsume2018:20181231194640j:plain

f:id:natsume2018:20181231234819j:plain

一番高いところにあったお堂の涅槃仏。セイハーはここでも一心に祈っていました。お坊さんに占いもやってもらっていました。日本の若者とはちょっと雰囲気が違うなぁという感じです。

日本人も、まさにこれを書いているあと数時間後に、お寺参りや初詣に行くのでしょうが、それらはあくまで非日常の祈りであって、ひとりのカンボジア青年のふるまいの中に見えたのは、日常習慣の中にすでに深く染みついた祈りの姿でした。まさに、歴史と文化の違いでしょうね。

f:id:natsume2018:20181231195527j:plain

f:id:natsume2018:20181231195552j:plain

祈りのゾーンから少し離れた場所に、レジャーのゾーンがあって、こちらは水着姿の子ども連れなどで大賑わいでした。外国人観光客の姿もちらほら。貸し床や貸し浮き輪、貸し更衣テントなどもあり、日本の海水浴場と同じ雰囲気で、これは家族連れで一日を潰すには絶好の場所でしょう。ちなみに、外国人は20ドルの入場料(山全体で)が必要ですが、カンボジア人はタダです。

ということで、なんだかクメール王朝の歴史の重みを感じるにはやや期待外れだったのですが、クメールの人々の敬虔な祈りの姿と、健全なレジャーのかたちを一緒になって堪能するには絶好の場所かと思います。