ちょうど1週間前になりますが、サンボー・プレイ・クックに行ってきました。その途中、シェムリアップからプノンペンの方にルート6を走って1時間ほどすると、コンポンクディという村を通ります。この辺りにアンコール時代の橋の遺構がぽつぽつ残っていることは、以前から知っていました。バスの中からチラッと見えるからです。

f:id:natsume2018:20190203231745j:plain

f:id:natsume2018:20190203231830j:plain

今回は車だったので途中下車してみました。何の説明版もないのですが、間違いなく古代の橋です。今も村人たちが普通に行き来しているようで、橋の向こう側には緑の田んぼが遥かに見渡せました。雨期にはこの橋桁の間を轟々と水が流れるはずです。

そのうちにセイハーが、この先にもっと大きなものがあったはずだというので、もう少し車を走らせてみました。

するとしばらく行った先に目立たない表示があって、ルート6から400mくらい入ったところに遺構が残っていると、イラスト入りで書いてあったのです。シェムリアップ方向からしか見えない看板です。

f:id:natsume2018:20190203232219j:plain

f:id:natsume2018:20190203232257j:plain

f:id:natsume2018:20190203232329j:plain

それがこの橋です。ここには説明版があって、全長86m、道幅16m、川床からの高さが10mとありました。建造時期ははっきりしないけれど、バイヨン形式といわれる建て方から、1181年~1220年の間に建てられたものと考えられるそうです。

その後1925年にフランスによって、1965-67年に当時のカンボジア政府によって、6号線工事に伴って補修が行われています。22か所にあった遺構のうち、11か所はこの工事の時に破壊されたそうです。

ここに限らないのですが、遺跡、遺構の保存に関しては、なんだかとてもいい加減というか、それどころではなかったというか、技術も外国に頼らざるを得なかったでしょうし、今も乱雑に放置されているものがあちこちで目につきます。

f:id:natsume2018:20190203235213j:plain

f:id:natsume2018:20190203235103j:plain

蛇の神様ナーガと欄干はその胴体です。昔は鱗が彫りこまれていたのでしょうね。この橋ももちろん生活道路として現在も使われています。

一緒に行った友人が、橋の幅がえらく広い道路だよね、といっていましたが、この道はかつて、クメールの王たちが、おそらくは象に乗って通ったのではないでしょうか?その威風堂々の絵巻をイメージしながら、テラコッタの赤い砂塵にまみれて、私はゆっくりとコンポンクディの橋を渡ってみました。