国道6号線をアンコール・ワットの反対側に折れてしばらく行くと、何やら賑やかな鳴り物を従えて、パゴダの門を何台かのトラックがくぐって行くところに出会いました。やや急ぎの用事もあったので、また次の機会にでも見られるのかとセイハーに聞くと、これは滅多にない機会だというので、あわてて車を停めて境内に入ってみました。

市の中心部から20分ほど離れた街はずれでしたが、思いの外立派なお堂でした。

堂内では、床の上であちこち車座になって、お供え物を作るのに忙しそうでした。3枚目の写真の塔は、バナナの茎と葉っぱで作られています。4枚目の、供えられた箱の中身は袈裟だそうです。

これは‶バァム ボー ニィア″というセレモニーで、この少年たちはこれから仏門に入って修行を積むわけで、今日がいわば入所式なのです。これは各パゴダごとに1年に1回だけ行われる儀式で、その日を決定するのは、そのパゴダの最高位の僧です。

カンボジアの男性は、生涯に一度は仏門に入って修行をするのが伝統ですが、最近はそれも崩れてきて、セイハーは、だいたい30%くらいではないかと言っていました。彼はその機会を逃したようです。年齢的には7,8歳くらいから10歳前後、場合によってはかなり大きくなってからという人もいて、年齢制限はありません。期間は1年、2年、3年から普通は4年まで、その間はパゴダでの寮生活となりますが、希望すれば外にある学校まで、それまで通りに通うこともできます。

このふたりはとてもよく似ているので、兄弟かしらと思ったら、一度に入所できるのは一家で一人だけだそうです。付き添いは女性と決まっているのかというと、そんなことはなく、お父さんはきっと仕事で忙しいのだろうということでした。

お寺に入ったからといってもう会えなくなるわけではないのですが、お母さんとまだ幼い子どもたちにとって、バァンボーニィアは、晴れの門出と共に、しばしの惜別となるのでしょうか?神妙に別れを惜しんでいる家族の姿が散見されました。

昔はトラックの荷台などではなく、牛やバッファローの背にまたがって、また特別に裕福な家では、象の背に乗って少年たちは門をくぐったそうです。

当地では、お寺もパゴダも、どこも村に似つかわしくないほど立派なものが多いのですが、帰りがけにちょっと不思議に思ったのは、この寺はいったい何年前に建てられたものかということです。というのは、ポル・ポト政権下で、宗教施設はほぼすべて破壊されていて、内戦終了後に再建されているわけですから、それにしては古いなぁと感じたからです。これは次回、お年寄りに聞いてみることにします。

カンボジアの国教は仏教(上座部仏教)であると、憲法に定められています。国民の90%以上が仏教徒であり、仏教文化というものが、内戦でボロボロに破壊しつくされたにもかかわらず、縦軸にも横軸にも、生活の隅々にまで行き渡っているように感じました。