プノンペンからシェムリアップに戻ったのは12日でしたが、その前後の5日間ほど、雨はほとんど降りませんでした。今はまた、毎日午後になると激しいスコールがやってきます。

プノンペン市街を外れるころから、メコンの支流が網の目のように入り組んだ国道沿いの低地は、あちこちで‶氾濫″していて、乾期ならば露出しているはずの農地が、どっぷりと水に浸かっている光景が見られます。今から1か月ほどが、1年で一番水位が高い季節です。

ここが、中田厚仁が25年の果敢な人生を終えたコンポントムの辺り。この日はほんとうにいい天気でした。

私たちは、乾期の最中にプノンペンに向かう途中で、コンポンクディの橋を見ているのですが、雨期の今はどんな感じになっているのだろうかと、再び寄り道をしてみました。

上が今回、下は今年2月4日に撮ったものです。上の写真では、右手に水が満々とたたえられているのがおわかりかと思います。ここもメコンの支流になると思うのですが、これだけの水位を保つには、ものすごい水量が必要で、トンレサップ湖の湖面の広さが、雨期は乾期の6倍になるというのもなるほどという気がします。確かに、プノンペンで見たメコンの水は、トンレサップ川の方に逆流していました。日本にいるとあまりピンと来ない現象かと思いますが、クメールの人たちは、1000年以上もの間、行く年もくる年もこういう風景の中で暮らし、天然の恵みの中で農耕に勤しんできたのでしょう。

この橋はバイヨン形式といって、1181年から1220年の間に建造されたようです。かつてクメールの王たちが、象に乗って行進したであろうテラコッタの赤い道は、今もなお、村人の日常道路として大切に使われているのです。